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令和八年 大原神社の節分祭 

令和八年(丙午) 大原神社の節分祭

暦の上での春の始まりを指す「立春」。ことしは2月4日だから、その前日、2月3日が節分の日。前日の夜から降っていた雪も止み、大原神社では早朝から氏子関係者は「節分祭」の準備に追われていました。節分祭は、全日三部構成で、午前10時半から「鎮火祭」、午後6時から「火焚祭」、午後7時から「追儺式」が執りおこなわれました。
「鎮火祭」は、火災除け神事。無火災を願い摂社「火の神神社」の大前にて、古式に則りおこなわれました。社殿の前にお火焚きの祭壇が設けられ、神殿より採火された忌火にてその火炉に点火され、白煙が立ち上るなか、宮司により「瓢(瓢箪に汲んだ水)」「埴山(川砂)」「川菜(若芽)」にて鎮火されました。参拝者には一年の無火災を祈り、火難除けの御札が授与されました。「ことしは丙午といわれますが、エネルギッシュな「火」にあやかって、力強く駆ける馬のように元気に過ごすという意味がある一年です」と宮司のおことば。

「火焚祭」は、この一年お世話になった古いお札やお守りに感謝し、境内に設けられた納札所にてお焚きあげがおこなわれました。

「追儺式」は、鬼やらいとも呼ばれ、大原神社ならではの「鬼は内!福は外!」の掛け声とともに、鬼退治をおこなう豆まき。赤、青色の鬼が雄叫びを上げ、泣きわめいたりしながら境内に登場し、怒りを象徴する金棒を振りまわして参拝者を威嚇する鬼を豆で追い払い、最終的には本殿に逃げ込んだ鬼が福鬼となって「福豆(お菓子)」を授与しました。
「鬼は内! 福は外!」の掛け声は全国的にも珍しく、鬼(厄)を同神社に迎え、福を同神社から氏子の各家庭に送るという意味で使われていますが、 うぶやの里・大原がかつて綾部藩の領地で、藩主の九鬼氏への配慮があったとも云われています。

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